研究内容3–C Implementation

3-C.デファクトスタンダード量子化学プログラムへの実装

GAMESS

GAMESSプログラムは、Mark Gordon教授(アイオワ州立大学)によって開発・管理されている世界的に広く普及している量子化学計算プログラムの一つである。GAMESSプログラムは、ソースコードも無償提供されているため、中井研究室では理論開発のプラットフォームとして用いてきた。「1.現実系を正しく再現できる実用的な理論計算手法の開発」で紹介したすべての手法は何らかの形でGAMESSプログラムの恩恵を受けてきた。「計算化学の社会実装」の観点から、いくつかの理論計算手法に関して公開版のGAMESSプログラムに実装してきた。

最初に公開した手法は分割統治(DC)法である。2008年11月、Mike Schmidt博士の協力のもと、小林正人博士(現、北海道大学)によりアイオワ州立大学にて実装作業が行われた。DC-HF/DFT法および種々のDC-電子相関法が実装されており、エネルギー計算だけでなく構造最適化計算にも対応している。これらを使用するには、対応するネームリスト($DANDC, $DCCORR)でフラグを立てる(DCFLG=.TRUE., DODCCR=.TRUE.)必要であるが、その他の変数はほぼデフォルト値で動作する(図 3-C-1)。また、DC法の特徴である任意の化学結合を切断して部分系を指定することができるので、ユーザーは自動分割のオプション(SUBTYPE=AUTO)を指定するだけで良い。他の分割型の線形スケーリング法と異なり、DC法は部分系の電子数やスピン状態を指定する必要がないのも特徴であり、特に開殻電子系の計算では威力を発揮する。ただ、DC-HF/DFT計算が従来のHF/DFT計算より高速になるのは、数百原子系以上である。一方、DC-電子相関計算は数十原子系で十分効果がある。あまり知られていないが、DC-電子相関計算には必ずしもDC-HF計算が必要ではなく、通常のHF計算を行った後に電子相関計算のみDC法を用いて行うことができる。中井研究室では、このような使用が良く行われている。

図 3-C-1

 

次に公開した手法は、局所応答分散力(LRD)法である。2011年3月、Mike Schmidt博士の協力のもと、五十幡康弘博士(現、豊橋技術科学大学)によりアイオワ州立大学にて実装作業が行われた。DFTの分散力補正にLRDを使用するには、対応するネームリスト($DFT)でフラグを立てる(LRDFLG=.TRUE.)必要がある。LC-BOP-LRD汎関数を選択する(DFTTYP=LCBOPLRD)と、フラグは自動的に立てられる。

3番目に公開した手法は、局所ユニタリー変換(LUT)法である。2015年6月、Mike Schmidt博士の協力のもと、中嶋裕也博士(現、鈴榮特許綜合事務所)により早稲田大学にて実装作業が行われた。GAMESSに使用されている実数型の変数を使用する範囲での実装のため、スピン非依存の2成分相対論法、すなわち、1成分相対論法に限定された。また、1電子項に対するLUT法のみが実装された。それでも、公式マニュアルにおいて、その性能は高く評価されている(図 3-C-2)。現在、2電子項に対するLUT法の実装も進めている。

図 3-C-2

重要文献

DC-in-GAMESS(日本語)>

  • M. Kobayashi, T. Akama, H. Nakai, “分割統治(DC)電子状態計算プログラムのGAMESSへの実装”, J. Comput. Chem. Jpn., 8, 1 (2009).

LUT-in-GAMESS

  • Y. Nakajima, J. Seino, M. W. Schmidt, H. Nakai, “Implementation of efficient two-component relativistic method using local unitary transformation to GAMESS program”, J. Comput. Chem. Jpn., 15, 68 (2016).
  • C. Takashima, J. Seino, H. Nakai, “Implementation of picture change corrected density functional theory based on infinite-order two-component method to GAMESS program”, J. Comput. Chem. Jpn., 19, 128 (2020).