研究内容1–B LUT, FCP, PCC

1-B.実用的な電子相関・励起状態計算法: LUT, FCP
LUT | FCP | PCC

LUT

周期表のあらゆる元素を含んだ化合物の電子状態を正確に記述するためには、量子力学と特殊相対性理論を融合させて導出される、ディラック方程式を解く必要がある。このディラック方程式の解は電子の成分だけでなく、陽電子の成分も含んでいるために計算コスト(時間、メモリ)が膨大となり、計算できる分子の大きさが制限される。一方、多くの場合、化学において重要となるのは電子成分のみである。そこで、ユニタリー変換により電子成分と陽電子成分の割合を変化させることで各成分を分離し、電子成分のみの方程式を解く2成分相対論法がさまざま開発されてきた。なかでも無限次2成分(IOTC)法あるいは厳密2成分(X2C)法は電子成分と陽電子成分を完全に分離することができ、ディラック方程式を直接求める4成分法と同等な結果を与える。しかしながら、2成分ハミルトニアンを構築するためのユニタリー変換自体の計算コストが大きく、結果として4成分法より計算時間が掛かる場合もある(図 1-B-1)。

図 1-B-1

中井研究室では、相対論効果の局所性に着目して、部分系ごとのIOTC変換を実施する局所ユニタリー変換(LUT)法を開発した。電子は一般的に原子の内殻近傍で光速に近くなり、核から遠くなるにつれて速度が急激に減少する。LUT法はこの性質を利用して、ユニタリー変換を適用する範囲を閾値以下の距離の空間のみに制限する。その結果、従来法では1電子項および2電子項の変換にそれぞれO(N3)とO(N5)の計算コストが必要であったのに対して、LUT法ではともにO(N)の計算コスト、つまり、線形スケーリングを達成する。1電子項に対するLUT法は、Reiher教授らが提案したDLU法と同等の理論であるが、2電子項の変換まで効率化した方法は我々のLUTのみである。さらなる効率化として、元素ごとの基底関数に対してLUT-IOTC変換された2電子項をデータベース化する方法も提案した。

 

LUT法とDC法を組み合わせることで、2成分相対論計算のすべてのステップにおいて線形スケーリングが達成される(図 1-B-2)。実際、HCl分子のn量体の計算でもこのことが確認された(図 1-B-3)。さらに、LUT法に基づく2成分相対論計算の計算時間が、非相対論計算の場合とほぼ同程度であることは着目すべき点である(図 1-B-3)。つまり、このことにより、量子化学分野において長年成し得なかった「非相対論的なSchrödinger方程式を脱却し、相対論的なDirac方程式に基づく量子化学計算へのパラダイムシフト」が可能となったと言える。

図 1-B-2

 

図 1-B-3

重要文献

LUT法>

  • J. Seino, H. Nakai, “Local unitary transformation method for large-scale two-component relativistic calculations: Case for a one-electron Dirac Hamiltonian”, J. Chem. Phys., 136, 244102 (2012).
  • J. Seino, H. Nakai, “Local unitary transformation method for large-scale two-component relativistic calculations: Extension to two-electron Coulomb interaction”, J. Chem. Phys., 137, 114101 (2012).
  • C. Takashima, J. Seino, H. Nakai, “Database-assisted local unitary transformation method for two-electron integrals in two-component relativistic calculations”, Chem. Phys. Lett., 777, 138691 (2021).

LUT+DC法>

  • J. Seino, H. Nakai, “Local unitary transformation method toward practical electron correlation calculations with scalar relativistic effect in large-scale molecules”, J. Chem. Phys., 139, 034109 (2013).


 

FCP

相対論効果が特に重要となる重原子においては、価電子に加えて多数の内殻電子を取り扱う必要がある。このような場合、内殻電子の寄与をポテンシャルで置き換える擬ポテンシャル(PP)スキームがよく用いられる。PPには内殻領域に節のないポテンシャル関数を用いるものと節のあるポテンシャル関数を用いるものがある。一般に後者の方が正確な記述を与えると期待される。しかしながら、価電子の基底関数は節点ポテンシャル関数との直交性を維持するように設計されているため、予期しない価電子の振る舞いがあると非物理的な結果につながる場合がある。たとえば、内殻ポテンシャルを決定した際の2成分相対論法と価電子計算に用いる2成分相対論法が大きく異なる場合などである。中井研究室では、PPによる価電子計算と全電子計算を理論的に結びつける凍結内殻ポテンシャル(FCP)法を提案した(図 1-B-4)。

さらに、価電子の効果により内殻軌道(スピノール)を緩和する方法にも拡張した。これにより、分子内の環境によるコアレベルの化学シフトも正しく再現することができる。

図 1-B-4

 

重要文献

FCP法>

  • J. Seino, M. Tarumi, H. Nakai, “Frozen core potential scheme with a relativistic electronic Hamiltonian: theoretical connection between the model potential and all-electron treatments”, Chem. Phys. Lett., 592, 341 (2014).
  • Y. Nakajima, J. Seino, M. Hayami, H. Nakai, “Relativistic frozen core potential scheme with relaxation of core electrons”, Chem. Phys. Lett., 663, 97 (2016).


 

PCC

2成分相対論法では、4成分の相対論ハミルトニアンをユニタリー変換などにより電子と陽電子の部分に分離し、電子ハミルトニアンのみを使用して波動関数とエネルギーを計算する。電子-陽電子消滅を考慮しない場合(no-pair近似)、4成分相対論法と等価な結果を与える2成分相対論法(IOTC, X2C)も開発されている。2成分波動関数には(逆)ユニタリー変換の効果が含まれているため、そのまま分子物性を計算すると4成分波動関数の結果と差異が生じる。このような効果は、描像変化(picture change; PCと呼ばれている。しかし、多くの量子化学計算プログラムでは、2成分(あるいは1成分)波動関数をそのまま用いて見積られた電子密度を基本変数として相対論的DFT計算が行われている。我々は、2成分(あるいは1成分)波動関数を用いて電子密度を計算する際に、ユニタリー変換された密度演算子を用いることにより、4成分波動関数の結果を一致することを示した(1-B-5(左))。さらに、この描像変化補正(picture change correction; PCCされた電子密度による相対論的DFT計算法を提案した(1-B-5(右))。また、計算効率を上げるために密度演算子の局所ユニタリー変換(LUTも提案した。さらに、2成分波動関数の逆ユニタリー変換を行って求めた密度行列を用いる方法も提案した。今後、正しい理論的な取扱いであるPCC型相対論的DFTが広く用いられることを期待している。

図1-B-5

 

重要文献

PCC

  • T. Oyama, Y. Ikabata, S. Seino, H. Nakai, “Relativistic density functional theory with picture-change corrected electron density based on infinite-order Douglas-Kroll-Hess method”, Chem. Phys. Lett., 680, 37 (2017).

LUT-PCC

  • Y. Ikabata, T. Oyama, M. Hayami, J. Seino, H. Nakai, “Extension and acceleration of relativistic density functional theory based on transformed density operator”, J. Chem. Phys., 150, 164104 (2019).

DM-PCC

  • T. M. Maier, Y. Ikabata, H. Nakai, “Efficient semi-numerical implementation of relativistic exact exchange within the infinite-order two-component method using a modified chain-of-spheres method”, J. Chem. Theory Comput., 15, 4745 (2019).

Review

  • Y. Ikabata, H. Nakai, “Picture-change correction in relativistic density functional theory”, Phys. Chem. Chem. Phys., 23, 15458 (2021).