3-B.実用的な2成分相対論プログラムの開発
RAQET
中井研究室では、2012-2017年度にJST-CREST『元素戦略』研究領域(玉尾皓平研究総括)において「相対論的電子論が拓く革新的機能材料設計」という研究プロジェクトを推進した。元素戦略では、希少元素・規制元素の使用を控え、ユビキタス元素を活用することを目的としている。しかし、この元素の多くは周期表の下方の重元素であり、相対論効果が無視できない。そのため元素戦略を理論的に推進するには、量子力学と特殊相対性理論を融合させた相対論的な量子化学理論へのパラダイムシフトが不可欠であると考えた。そして、理論的には局所ユニタリー変換(LUT)法を開発することにより、スピン非依存2成分相対論計算(すなわち1成分相対論計算)の計算時間が、非相対論計算の場合とほぼ同程度にすることができた。また、分割統治(DC)法とLUT法を組み合わせることで、2成分相対論計算のすべてのステップにおいて線形スケーリングが達成された。「計算化学の社会実装」の観点から、これらの独自手法を広く一般に公開すべくGAMESSプログラムに実装した。しかしながら、GAMESSを含め多くの量子化学計算プログラムは、非相対論的なSchrödinger方程式の数値解法として発展してきた歴史がある。そのため、プログラムで使用されている多くの変数が実数型で定義されている。1成分相対論計算であれば、簡単な変更で実装可能であるが、スピン軌道相互作用を含むスピンに依存した2成分相対論計算には、多くの複素数型変数を使用した大幅な変更が必要となる。そこで、JST-CRESTプロジェクトでは、独自手法の利点を活かした2成分相対論計算のプログラムRelativistic And Quantum Electronic Theory(RAQET)を一から作成することとした。プロジェクト終了時には概ね完成し、2019年より一般公開を開始した。RAQETプログラムのユーザー登録は専用ページから行うことができる。RAQETプログラムの機能については、英語解説記事(J. Comput. Chem., 39, 2333 (2018))(図3-B-1)および日本語解説記事(J. Comput. Chem. Jpn., 18, A6 (2019))を参考にしていただきたい。
図 3-B-1
重要文献
<RAQET Program>
- M. Hayami, J. Seino, Y. Nakajima, M. Nakano, Y. Ikabata, T. Yoshikawa, T. Oyama, K. Hiraga, S. Hirata, H. Nakai, “RAQET: Large-scale two-component relativistic quantum chemistry program package”, J. Comput. Chem., 39, 2333 (2018).
<Review>
- H. Nakai, “Development of linear-scaling relativistic quantum chemistry covering the periodic table”, Bull. Chem. Soc. Jpn., 94, 1664 (2021).
<日本語解説>
- 五十幡 康弘, 吉川 武司, 中井 浩巳, “相対論的量子化学計算プログラムRAQETの公開”, J. Comput. Chem. Jpn., 18, A6 (2019).