研究概要

Basic Science

1. 動物細胞の紡錘体形成の分子機構

細胞増殖には、染色体の複製とその分離が必要である。分裂期において、染色体を均等分配する分子装置が紡錘体である。紡錘体は複製された2つの中心体からの微小管伸長とモータータンパク質の力により、二極に分離することにより形成される。紡錘体形成は上記の重要な生理的機能だけでなく、抗癌剤の分子標的ともなることから非常に注目を集めている。 紡錘体形成では分裂期リン酸化酵素であるAurora-Aが中心的な役割を担うことが知られている。その他、紡錘体形成に関与する分子は数多く同定されているが、それぞれの分子機構についてはほとんど明らかでない。本研究では、Aurora-Aの結合タンパク質を同定し、その機能を解析することで紡錘体形成における詳細な分子機構を明らかにすることを目的としている。

2. 中心体制御機構(中心体の成熟機構と中心体の複製機構)

M期に細胞が正常に分裂するためには、正常な紡錘体が形成される必要がある。紡錘体形成のために細胞は、中心体複製と中心体成熟の両方の過程を経なければならない。
  中心体は一組の中心小体とそれを取り巻くように存在する中心小体周辺物質(PCM)から成り立っており、G2期からM期にかけて起こるPCMの拡大過程は中心体成熟と呼ばれている。また、中心体はG1期からS期にかけて半保存的に複製され、この中心体複製の過程は、様々なリン酸化酵素などによって厳密に制御されていることが近年急速に明らかになりつつある。

この中心体成熟と複製の両過程の分子メカニズムを明らかにすることによって、今まで不明な点が多い中心体の機能を解明していく。また、中心体の異常によって起こる多極性紡錘体によって細胞の癌化が引き起こされることが分かっており、このプロジェクトによって、新たな抗癌剤ターゲット分子などを明らかにすることができると期待される。

3. クロマチン制御機構(エピジェネティック制御機構)

クロマチン制御グループでは、遺伝子の発現制御に深く関わるクロマチン構造及びそれを制御するタンパク質、そしてエピジェネティクスを対象に研究をしている。我々の体は様々な組織の細胞から構成されており、それらの特性、機能は様々であるが、それらが持つ設計図であるDNAは同じである。では同じDNAを用いているのに何故これ程までに多様性に富んだ細胞が出来上がるのだろうか。これらの組織の違いを生み出し、細胞の運命を決定付けているのはエピジェネティックと呼ばれるクロマチンへの後天的な修飾とクロマチン構造を制御するタンパク質による遺伝子の発現調整である。つまり、同じ設計図を持っていても組織の細胞それぞれによって開いているページが異なるのである。興味深いことに細胞の分裂期ではこれらの制御が解除されることが知られている。何故分裂期においてこれらの制御が解除されなければならないのか、その意味を追っているのがこのグループである。

Applied Sceience

1. ペプチドランダム・ライブラリーによる発現クローニング法の開発と応用

遺伝子ライブラリー(Gene library)合成グループでは、ライブラリーの設計と作成、ライブラリーを用いたスクリーニング(screening)までを1つのプロジェクトとして行っている。 遺伝子ライブラリーとは、『ライブラリー(library)』の名が示すように、遺伝子全体を包含するレベルの、ゲノム断片やcDNAの集合をベクターに網羅的に組み込んだものである。一方、スクリーニングとは、遺伝子ライブラリーから特定の機能を持つ遺伝子を探索することである。我々のプロジェクトでは、発現クローニング(Expression Cloning)という手法を用いることによって、ヒトの培養細胞などに遺伝子ライブラリーを導入することで、遺伝子と機能を直接結びつけ、遺伝子の高次機能の解明を目的としている。

我々の研究対象の一つは、生物の老化機構の解明である。テロメア(telomere)と呼ばれる真核生物染色体の末端領域は、ヒトの体細胞では、細胞分裂を繰り返すたびに削れ、最終的にテロメアの短くなった細胞は分裂を停止し老化してしまうという話を聞いたことがあるかもしれない。しかし、実際の老化はこのテロメアに依存的なものだけではなく、他のメカニズムによっても引き起こされているといわれている。近年の研究結果では一般的なヒトの老化において、このテロメアの短縮が与える影響は殆どないというデータもある。あまり解明されていないために、テロメア非異存的な老化のメカニズムは、老化研究では注目されている。

そこで我々はテロメア非依存の老化の鍵を握るp16*と呼ばれる酸化ストレス(体内の活性酸素などによって細胞に与えられるダメージ)などに応答して老化を引き起こす遺伝子の解析を行っている。このようなテロメア非依存の老化の研究を当グループでは幅広く行っていく予定である。

ヒトの老化の機構が明らかになれば不死にはならなくとも、将来的に不老であったりや寿命が延びたりであるというような夢物語が実現できるかもしれない。逆に、生体の中で暴走し無限に増殖するがん細胞を人為的に老化に追い込むことができれば、最良の抗がん剤の開発につながる発見になるかもしれない。

  * : p16とは、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)のインヒビターで、細胞老化を誘導する遺伝子である。このp16の発現を誘導することでCDK4/6はリン酸化酵素活性が阻害され、細胞周期の進行をG1期で停止させる。このp16の発現を指標としたヒト培養細胞のアッセイ(assay)系を確立し、老化の促進と抑制の両方向よりスクリーニングを行い、p16関連の老化機構の解析を行っている。

2. プロテオミック解析

今日、細胞周期の制御に中心的な役割を果たすリン酸化酵素が多く知られるが、リン酸化酵素の基質となるタンパク質の同定は未だに困難を要する。yeast two-hybrid screeningでは、基質タンパク質を直接単離することはできないが、プロテオミック解析では、リン酸化酵素の複合体の中に存在する基質タンパク質を直接単離し、リン酸化部位の決定も同時に解析できるという利点がある。本研究は、動物細胞の染色体の正確な分配に関わるAurora-Bと、中心体の複製制御に関わるPlk4の二つのリン酸化酵素に焦点を当て、プロテオミック解析によりそれぞれの基質タンパク質の迅速な同定を行い、機能の解析を目的としている。