密度汎関数理論

はじめに | 汎用的な励起状態計算法の確立 | 経験的要素の排除に向けて | 新たな分散力補正法 | 参考文献

はじめに

量子化学計算の基礎理論は、波動関数理論 (WFT) と密度汎関数理論 (DFT) に大別される。DFTは、電子エネルギーを電子密度の汎関数 (関数の関数) として表す理論である。現在標準的に用いられるKohn-Sham DFT [1]では、運動エネルギー項や電子間反発エネルギー項などはHartree-Fock (HF) 法と同様の形で解析的に与えられており、交換相関項のみ近似された汎関数が使用される。交換相関汎関数は、電子密度の勾配や運動エネルギー密度、HF交換項などを含めることで高精度化され、分子系への応用に必要な計算精度と現実的な計算コストの両立に成功した。今日でもDFTの適用範囲をさらに拡大させるため、より高精度な汎関数や、汎関数に対する補正法が開発されている。このページでは、本研究室で開発した汎関数や補正法について紹介する。


汎用的な励起状態計算法の確立

DFTの汎関数を用いて励起状態を計算する理論として、時間依存密度汎関数理論 (TDDFT) [2]が挙げられる。TDDFTによる励起エネルギーの計算では、価電子励起に関しては比較的高精度な結果が得られるが、内殻励起及びRydberg励起では精度が悪い傾向が知られている。そこで、それらを適切に記述できる汎関数としてCore-Valence-Rydberg B3LYP (CVR-B3LYP) [3,4]を開発した。この汎関数では、内殻軌道はBHHLYP汎関数、Rydberg軌道はHF法、価電子軌道はB3LYP汎関数の挙動に従うように、軌道ごとに異なるHF交換項の割合を採用している。その結果、軌道ごとに異なるFock演算子が得られるが、Roothaanの結合演算子 [5]を用いて軌道間のユニタリー変換に対する不変性を確保している。

Figure 1において、CVR-B3LYP汎関数による励起エネルギーの平均絶対誤差はそれぞれ0.3 eV (内殻→価電子)、0.8 eV (内殻→Rydberg)、0.28 eV (価電子→価電子)、および0.34 eV (価電子→Rydberg)となっており、4種類の励起すべてを同程度の精度で計算することが可能となった。

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Fig. 1. Mean absolute errors of core-valence, core-Rydberg, valence-valence, valence-Rydberg excitations (in eV).

経験的要素の排除に向けて

DFTの交換相関汎関数は、交換項にHF交換を混合させることによって、実験値の再現性が飛躍的に向上した。しかし、HF交換項の混合する割合は基本的に数値検証に基づいて決定されている。混合する割合を非経験的に決定することで、DFT計算の信頼性向上および適用範囲の拡大が期待できる。

Kohn-Sham DFTで成立する基礎的な定理として、Janakの定理[6]が挙げられる。これは、全電子エネルギーEの軌道iにおける電子占有数fiに関する偏微分が、対応する軌道エネルギーεiに一致するというものである。
\cfrac{\partial E}{\partial f_i} = \varepsilon_i \ \ \left( 0 \leq f_i \leq 1 \right)
交換相関汎関数が厳密な場合、右辺は定数となることが示されている。ゆえに、占有軌道の軌道エネルギーはイオン化エネルギーに対応することがわかる。上式をさらに占有数で偏微分すると、汎関数が満たすべき直線性条件が導かれる。
\cfrac{\partial^2 E}{\partial f_i^2} = 0 \ \ \left( 0 \leq f_i \leq 1 \right)
多くの近似汎関数はこの条件を満たさない。当研究室で開発したOS汎関数[7,8]では、直線性条件を満たすようにHF交換項の割合が非経験的に決定される。

Figure 2に軌道エネルギーに基づくイオン化エネルギーの平均誤差を示した。現在広く用いられているB3LYPや、価電子軌道のエネルギーを精度良く記述できるLC-BLYPと比較して、OS汎関数はどのような軌道についても小さな誤差で計算することが出来ている。

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Fig. 2. Mean absolute errors of ionization energies of core and valence orbitals (in eV).

新たな分散力補正法

DFTにおける相関汎関数の多くは、ある一点ないしその近傍の電子分布の効果を取り込んでいるが、離れた電子間の相関に由来する分散力を考慮できない。分散力は、van der Waals力の大部分を占めており、結果として多くの交換相関汎関数は、分子間相互作用エネルギーを定量的に評価できない。本研究室では、DFTにおける分散力補正法としてLRD法[9,10]を開発した。

LRD法では分散力エネルギーを非経験的、かつ小さな追加計算コストで得るために、摂動論による分子間の分散力エネルギーを原子中心で多極子展開し、密度応答関数に局所応答近似を導入した。その結果、以下の簡潔な式が得られた。
E_\text{disp} = - \sum_{a>b} \sum_{n \geq 6} C_n^{ab} R_{ab}^{-n} f_\text{damp}^{(n)}
上式でCnはn次の分散力係数と呼ばれ、前もって計算した値を使用することも可能であるが、LRD法ではDFT計算で得られた電子密度から求められる。これにより、経験的な要素を最小限に抑えつつ効率的に分散力エネルギーを計算可能になった。

Figure 3は分子面が平行に配置されたベンゼン二量体のポテンシャル曲線を計算したものである。量子化学における“gold standard”と称されるCCSD(T)法と比較すると、LC-BOP汎関数では定性的に異なる挙動を示しているが、LRD法で補正することによって極めてよく一致した曲線が得られた。

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Fig. 3. Potential energy surface of parallel-displaced benzene dimer.
LRD[m,n] means the cutoff of dispersion correction energy up to n-th two-center and m-th multicenter interactions.

LRD法はアイオワ州立大学のゴードン研究室で開発されている量子化学計算パッケージGAMESSの公開版に実装されており、誰でも利用可能となっている。LC-BOP汎関数との組み合わせは、分散力が関与する様々な系に対して高精度な結果を与えることがわかっており、今後の応用が期待される。


参考文献
  1. “Self-Consistent Equations Including Exchange and Correlation Effects”
    W. Kohn and L. J. Sham, Phys. Rev., 140, A1133 (1965).
  2. M. E. Casida, in Recent Advances in Density Functional Methods, edited by D. P. Chong (World Scientific, Singapore, 1995), Vol. 1, p. 155.
  3. “Hybrid exchange-correlation functional for core, valence, and Rydberg excitations: Core-valence-Rydberg B3LYP”
    A. Nakata, Y. Imamura, and H. Nakai, J. Chem. Phys., 125, 064109 (2006).
  4. “Extension of the Core-Valence-Rydberg B3LYP Functional to Core-Excited-State Calculations of Third-Row Atoms”
    A. Nakata, Y. Imamura, and H. Nakai, J. Chem. Theory Comput., 3, 1295 (2007).
  5. “Self-Consistent Field Theory for Open Shells of Electronic Systems”
    C. C. J. Roothaan, Rev. Mod. Phys., 32, 179 (1960).
  6. “Proof that ∂E⁄∂ni = ε in density-functional theory ”
    J. F. Janak, Phys. Rev. B, 18, 7165 (1978).
  7. “Linearity condition for orbital energies in density functional theory: Construction of orbital-specific hybrid functional”
    Y. Imamura, R. Kobayashi, and H. Nakai, J. Chem. Phys., 134, 124113 (2011).
  8. “Linearity condition for orbital energies in density functional theory (II): Application to global hybrid functional”
    Y. Imamura, R. Kobayashi, and H. Nakai, Chem. Phys. Lett., 513, 130 (2011).
  9. “Density Functional Method Including Weak Interactions: Dispersion Coefficients Based on the Local Response Approximation”
    T. Sato and H. Nakai, J. Chem. Phys., 131, 224104 (2009).
  10. “Local Response Dispersion Method II. Generalized Multicenter Interactions”
    T. Sato and H. Nakai, J. Chem. Phys., 133, 194101 (2010).