研究内容


○ 構造化学とはどのような学問か

 「構造化学」とは,各種分光法やX線回折法などを用いて,物質を構成する分子などの電子構造や分子構造,さらに,分子集合体である固体の構造(結晶,アモルファス状態,配向など)を研究する分野です.古川研究室では,物質科学分野として,有機EL,有機トランジスタ,有機太陽電池に使用されている有機半導体薄膜の研究,環境エネルギー分野として,温暖化の原因物質の一つである二酸化炭素の吸収剤に関する研究を行っています.


○ 研究プロジェクト

(1)有機半導体薄膜の構造研究

 有機化合物を半導体材料や絶縁体材料として使用した有機電子デバイス,EL(発光ダイオード),トランジスタ,太陽電池などでは,有機薄膜(膜厚,1〜100 nm)の多層構造が使用されており,その多層構造に電圧をかけた場合におこる物理化学現象を利用して,機能を発現しており,21世紀の電子デバイスとして期待を集めています.有機電子デバイスには,多種多様な有機・無機化合物が材料として使用されています.図1に代表的な有機半導体を示しました.有機電子デバイスの機能と性能は,それらを構成する有機薄膜の構造に大きく依存しており,古川グループでは,有機薄膜の構造を研究して,高性能デバイス開発の基盤を構築することを目的しています.  蒸着やスピンキャスト法により作製した薄膜は,分子が規則正しい空間配置をとらずに集合した「非晶質(アモルファス)状態」や,小さな結晶が集まった「多結晶」です.赤外・ラマン分光法やX線回折法を主な構造解析法として,アモルファスと結晶性薄膜の構造を研究しています.ラマン化学イメージの測定など新しい手法も取り入れています.有機薄膜では,基板の影響を受けて,分子が何らかの規則的な構造を取っていることが分かってきました.図2に,ペンタセンの結晶性薄膜のラマンスペクトルを示しました.このスペクトルを解析することにより,分子が薄膜に特有な結晶状態をとっていることが分かります.非晶質状態や結晶性薄膜の構造を制御して,最終的には,それらを材料として使用している有機電子デバイスの高性能化を達成することが目的です.


図1 代表的な有機半導体

   

図2 ペンタセン薄膜のラマン散乱スペクトル


(2)電極・有機半導体界面の構造に関する研究

 有機ELや有機薄膜太陽電池において,ITO透明電極と有機半導体層の間にエネルギー障壁が生成していることが多く,素子性能低下の原因の一つとなっています.これら二層の間に,第3の物質の超薄膜(バッファー層とよぶ)を挿入することにより,オーム接触を得ることが可能なため,様々な物質がバッファー層として使用されています.たとえば,銅フタロシアニン,MoO3,NiOなどです.古川グループでは,赤外・ラマン分光法を用いて,バッファー層の構造を研究しています.ITO電極とNPD層との間に,バッファー層としてMoO3超薄膜を挿入すると,オーム接触をえることができます.ラマン分光法から,NPDのカチオンやジカチオンが生成することが分かってきました.カチオンやジカチオンの電子エネルギー準位が,ITOのフェルミ準位とNPDのHOMOの間に存在することにより,ホール注入障壁を小さくしていると考えています.様々なバッファー層と有機半導体の組み合わせに関して,分光測定を行い,電極・有機半導体層の界面の構造と電子状態を明らかにし,高性能デバイス開発の基盤とすることが目的です.


(3)高効率有機薄膜太陽電池の開発

 石炭・石油エネルギーに替わるエネルギーとして太陽光エネルギーを利用する太陽電池が期待されています.新しい太陽電池の一つとして有機薄膜太陽電池の研究を行っています.有機薄膜太陽電池は,高分子型と低分子型に分類されます.最近では,10 %以上の光電変換効率が報告されています.古川グループでは,電子エネルギー,分子配向,固体構造などの基礎的研究を行い,高い変換効率を得るための基盤を構築することを目的としています. ポリ(3-アルキルチオフェン)とC60誘導体の混合物(「pn-バルクヘテロ接合」とよぶ)の薄膜が電極で挟まれた構造をしています(図3参照).疑似太陽光を照射しながら,電流・電圧特性を測定して,光電変換効率を求めることができます(図4参照).インジウム・スズ酸化物(ITO)電極側から太陽光が照射されると,高分子鎖に励起状態が生成され,PCBM分子はこの励起状態から電子を引き抜きます.すなわち,正と負の電荷分離が起こります.正と負の電荷はそれぞれ負極と正極に流れて,電池として働きます.光照射による励起状態の生成,励起状態から正と負のキャリア生成,正負キャリアの電極への移動,これらの素過程に関して研究を進めて,太陽電池の変換効率の向上を目指しています.低分子系太陽電池では,有機薄膜の多層構造を利用して,機能(励起状態の生成,正と負キャリア生成,正負キャリアの電極への移動など)を分担し,高効率を実現しています.


図3 有機薄膜太陽電池のデバイス構造


図4 P3HT:PCBMバルクへテロ型太陽電池の電流・電圧特性


(4)電子・配向分極に関する研究

 物質に外部から電場をかけると分子の配向の変化や電荷分布の変化が起こります.外部電場による電荷分布の変化を原因とする振動スペクトルの変化は,振動シュタルク効果と呼ばれています.振動シュタルク効果は,元の赤外スペクトルの0, 1, 2次微分スペクトルの和で表され,試料の振動状態における電気双極子モーメントや分極率などに起因する現象で,化学結合の物理的性質を反映しています.振動シュタルク効果は非常に小さく(吸光度で10-4以下の変化),精密な計測が必要です.古川グループでは,フーリエ変換赤外分光光度計を用いた差赤外分光法により振動シュタルク効果の測定を行っています.化学結合状態の解析,複雑な化合物のスペクトルの解析に役立てることを目的としています.  分子が永久電気双極子モーメントを持っている場合,外部電場により分子配向が変化します.強誘電体では,電場をかけるのを止めても配向(マクロな電気双極子モーメント)が残ります.古川研究室では,赤外分光により電場により誘起される配向変化を研究して,有機強誘電体の分子構造と誘電性との関係を明らかにすることを目指しています.図5に,ナイロン11薄膜の電場誘起赤外スペクトルを示しました.アミド結合が電場印加により配向変化をしていることが分かります.


図5 ナイロン11薄膜の(a)赤外スペクトルと(b)電場誘起赤外スペクトル

   

(5)水溶液中におけるアミンと二酸化炭素の相互作用に関する研究

 地球温暖化が大きな社会問題となっています.温暖化の原因の一つとして,大気中の二酸化炭素の増加が考えられています.温暖化の改善には,産業活動に伴う二酸化炭素の大気への放出を少なくする必要があり,その一つの対策として,火力発電所などから大量に大気中に放出されている二酸化炭素をアミンなどの水溶液に吸収させて回収し,地中に貯留する方法(carbon capture and storage, CCS)が検討されています. このCCS法において,二酸化炭素回収のエネルギー効率を上げるためには,アミン水溶液中における二酸化炭素とアミンとの反応過程と化学平衡を明らかにする必要があります.古川グループでは,水溶液中の分子構造解析に有用な1KH-, 13C-NMR分光を用いて,水溶液中における各種アミンと二酸化炭素の反応と分子構造を研究しています.図6に2-アミノエタノール水溶液のCO2吸収前と後の13C-NMRスペクトルを示しました.分光データを基にして,実用的なアミン溶液開発の基盤を構築することを目的としています.


図6 (a)2-アミノエタノールの水溶液と(b)CO2吸収後の13C-NMRスペクトル


○ 研究キーワード

構造化学,物性化学,赤外分光,ラマン分光,NMR分光,紫外・可視・近赤外吸収,けい光,リン光,X線回折,AFM,有機半導体,誘電体,導電性高分子,有機薄膜,有機発光ダイオード,有機EL,有機薄膜トランジスタ,有機電界効果トランジスタ,有機薄膜太陽電池,振動シュタルク効果,ナノテクノロジー,CCS, CO2