(1) ストークスとアンチストークスラマン散乱を用いたリン光有機ELの温度測定
ITO/NPD/CBP:Btp2Ir(acac) (15 wt%) /BAlq/Alq3/ LiF-Al 構造をもつリン光有機発光ダイオードのストークスとアンチストークスラマン散乱を532
nm レーザー光で測定した.三重項励起状態からの強いリン光を示す物質であるBtp2Ir(acac)の283 cm-1 振動のアンチストークスとストークスラマンバンドが観測された.これらバンドの強度比から発光層の温度を決定した.400
mA の定電流で発光させた場合,温度は89 ℃で,熱電対で測定したガラス表面の温度26 ℃よりもかなり高い温度であった.

図1.ストークス・アンチストークスラマン散乱.励起レーザー光波長は 532 nm.発光ダイオードの電流は,(a) 0, (b) 100, (c) 200,
(d) 300, (e) 400 A/m2.
(2) 化学ドーピングした有機半導体のラマンスペクトル
化学ドーピングは,有機化合物から電子を引き抜いたり,電子を供与する方法として知られている.有機発光ダイオードの電子輸送層にドナードーピングすることにより,電子輸送層の電気伝導度が大きくなり,デバイスの電力効率が向上する.アルカリ金属を電子輸送材料(Bphen,BCP,Alq3)と共蒸着し,ラマンスペクトルを測定した.図2にドーピングしたBCPのラマンスペクトルを示した.アルカリ金属をドーピングすると,アニオンやジアニオンが生成した.炭酸セシウムを共蒸着した場合にも,アニオン種が生成することがわかった.炭酸セシウムは熱分解してセシウムドーピングが起こると考えられる.

図2.BCPとドナードーピングしたBCPのラマンスペクトル.励起光波長,532 nm.
(3) 有機半導体単結晶の偏光ラマンスペクトル
有機薄膜トランジスタで使用されている多結晶薄膜における結晶ドメインの結晶軸配向を評価するための基礎として,テトラセン単結晶と銅フタロシアニンβ型単結晶の偏光ラマンスペクトルを研究した.銅フタロシアニン結晶(単斜晶系,空間群P21/n, Z = 2)では,b軸に平行な直線偏光で励起して,b軸に平行な偏光成分をもつラマン散乱光を観測したスペクトルを図3に示した.結晶のAgとBg振動の分裂は観測されず,これらのバンドが重なっているとして,気体分子配向モデルを仮定して解析し,5本のa1gバンド,5本のb1gバンド,6本のb2gバンドのラマンテンソル成分を決定した.

図3.銅フタロシアニンβ型単結晶の偏光ラマンスペクトル.励起光波長,532 nm.
研究実績
● 原著論文
1. "Synthesis and Properties of Stable 1,2-Bis(metallocenyl)disilenes: Novel d-π Conjugated Systems with a Si=Si Double Bond"
(A. Yuasa), (T. Sasamori), Y. Hosoi, Y. Furukawa, and (N. Tokitoh)
Bull. Chem. Soc. Jpn., 82(7), 793-805 (2009).
● 総説,単行本など
1.「赤外分光による有機デバイスのキャリアに関する研究」
古川行夫
応用物理学会有機分子・バイオエレクトロニクス分科会会誌,20(4), 227-232 (2009).
2.日本分光学会編,「赤外・ラマン分光法」,分光測定入門シリーズ6,講談社サイエンティフィク,東京,pp. 1-62, 69-120,2009年.
● 依頼講演
1. 「有機ELのラマン・赤外分光分析」
日本化学会第89春季年会,日本大学船橋キャンパス(船橋),2009年3月.
2. 「IR・ラマン分光法による有機薄膜の構造解析」
2009年度高分子表面研究会,東京理科大学(東京),2009年10月30日.
3. 「赤外・ラマン分光法による有機超薄膜の評価」
日本分光学会関西支部講演会:最近の分光学の進歩に関する講演会,大阪産業大学梅田サテライト(大阪),2009年11月5日.
4. 「研究開発とIR分光」
第31回湘南ハイテクセミナー―研究開発と分析技術―,KUポートスクウェア(横浜),2009年12月4日.
● 受賞
1. 日本化学会BCSJ賞,古川行夫,2009年7月.
2. 日本分光学会年次講演会若手ポスター賞,瀬山耕平,2009年11月.
3. 日本分光学会年次講演会若手講演賞,瀬戸啓介,2009年11月.
4. 第27回応用物理学会講演奨励賞,田中祐美子,2009年11月
● 競争的資金
1. 文部科学省科学研究費補助金 学術創成研究「高周期典型元素不飽和化合物の化学:新規物性・機能の探求」(分担)
2. グローバルCOE「実践的化学知」教育研究拠点(分担)
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